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笑顔の季節 春 ウェブ公開版

 というわけで読みたい、欲しいという要望にお応えしてウェブ公開します。
 内容は同人誌版と変わりなしです。あとがきだけ変えてます。

 本にするとあまり大きくないですが、いざウェブ公開するとそれなりに長いのでちょっと読みにくいという方はコピペして読みやすい形式にペーストするといいかもしれないです。

 pixivにもあげる予定でしたが文字数制限に引っかかり断念。ばらしても読みづらそうですしやっぱりここだけ。
 文庫サイズにすると100P弱、ちょっとお時間に余裕があるときに見てもらえればいいと思います。







第一章 厄神様とわたし








 リリーホワイトが飛び回るようになった。川の氷も溶けてきてようやく春になったんだなと思える。
 山では季節の変わり目恒例の宴会がそろそろ行われるだろう。まだ新聞に案内が載ってないけど多分そのうちあるはず。天狗様はホントに宴会好きである。鬼様ほどじゃないけどね。
 まあ、それでもわたしが宴会に混ざるって事はないと思う。誰とお酒を飲むってことはないし、宴会の中でひとりでのんでたって面白くないしおいしくない。それにわたしの好きなチューハイのきゅうり割りは誰の口にも合わないしね。
 わたし、河城にとりがこうして独りでいるのにはいくつか理由がある。まずわたしが他の河童とは違うからだ。いつもかぶっている帽子の下には河童の特徴のひとつである皿がない。なんでないのかはわたし自身にもよく分からない。ついでに甲羅もない。こっちはリュックを背負うのには便利。パッと見は人間と同じだけど、他の河童と同じく水中での活動能力はあるし、人間以上の寿命がある。人間にすると十歳ぐらいのこの見かけでも、人間の寿命以上には生きている。そりゃ、他の妖怪に比べたら若いけどね。
 そんだけ生きててもわたしには社交性がない。これもわたしがいつも独りでいる理由のひとつだ。河童は幻想郷のエンジニアなんていわれるように、発明を趣味や仕事にしてることが多い。なのでその発明を発表しあったり、一つの発明をみんなで協力して作ったりすることがある。でも、わたしにはそれができない。他の河童と違うからバカにされたり、仲間はずれにされたり、いじめられたりするのが怖いのだ。
 そんなわたしはこうしていつも工房に独りでこもっている。両親もエンジニアだったからわたしも必然的にそうなったけど、それを発表することはなかなかなかったりする。いつも独りで作ってテストしてそれで満足だ。今作ってる光学迷彩スーツもそう。発表する場も、用途も、買ってくれたり評価してくれたりする人も妖怪もいないのにどうして作ったんだろう。我ながらバカバカしく思えるときがある。
 頭のなかではそんなことを考えながらも手は動く。スーツ全体に通っている回路をスイッチや動力につないでこれで、
「完成っ!」
 スーツを両手で掲げる。我ながら良い出来なんじゃないかと思う。
「でもなぁ……」
 ひとりでやっててさびしいのだ。
 スーツを机の上に戻して大きなため息。
「次は何作ろうかなぁ」
 椅子の背もたれに体を預けて独りつぶやく。
 いくつか候補がある。設計図の書きかけがある天気予報をしてくれる像、改良型のびーるアーム、無限のエネルギーを作るかもしれないKPドライブなどなど。
 誰かにどうしようかと聞こうにも誰も答えてくれる人はいない。
 誰もいないのだからあたりまえだ。
 …………。
「よし! でかけよう。ついでにスーツのテストだ」
 どうテストしようか、どこに行こうか、そんなプランは一切ない。でもとにかく家から出よう。そう思った。そして思い立ったが吉日。迷う暇があったら即実行。
 作ったスーツを早速着込む。足元に散らばった発明や部品をステップでよけて工房の出口へ。
 外は良い天気、なにかあるといいなと思って、
「いってきます」
 返事はない。


 見慣れた林を歩く。特に変わりはないいつも通る道だけど、ようやく植物が芽を出してきているようだ。やっぱり春なんだなぁ。
 天気もいいし、良い気分……というわけにはいかないのはなんでだろうか。せっかく新しい発明も出来て良い気分でいるというのに。
 ふと空を見上げると天狗様が忙しそうに飛び回っている。春の訪れを記事にしようと、早速取材に出かけているようだ。まあ、わたしが取材を受けるなんて事はないだろうけどね。
 特に当てもなくふらふらとしてたら川沿いに出た。河童の習性だろうか、無意識に水のあるところにやってきた。今のところ誰にも会わない。妖精の一人も見てない。これじゃ本当に光学迷彩が働いているか分からない。
 それでいいのか? 確かに発明のテストや自慢はしたい。でも誰かに話しかけるのを怖いと思う自分がいる。話しかけたり、仲間に入ろうとしたりして拒絶されたお姉ちゃんを見て私もそれが怖いと思うようになったのだろうか。
 まあ、周りに誰も居ないからそれもできないけどね。
「はぁ……」
 天気の良い春の日には似つかわしくないため息。ここだけはいまだに冬のようだ。
 そんな憂鬱気分になっていると、ぴたりと足が自然に止まった。
 なにやらここら辺から急に空気が変わった気がする。何かが漂ってるとか、見えるとかそういうのじゃない。
 空気が重い……と表現するのがしっくり来るのだろうか、そういうのを感じる。
 ここで引き返してもいいんだろうけど、何故かすごく気になる。
 ゆっくり足を進めていく。万が一なにかあっても逃げればいいし、光学迷彩が正しく機能してるなら何か居ても見えないはず。
 空気のせいか、ちょっと緊張してるせいか、足が重い。歩き辛さを感じるほどだ。本当にこの先には何があるのだろう。余計に気になる。
 川沿いに歩いていくと左カーブになっている。多分この先だ。ちょっと林よりに歩いて、木に身を隠してその先を見る。
 息をのんだ。
 女の子が踊りを踊っていた。踊り、というより舞と言ったほうがいいかもしれない。
 赤いドレスのフリルを揺らしながら、くるくる、くるくると回る女の子。長い緑髪も舞にあわせて綺麗に流れる。
 河童じゃない、人間……ではない。それじゃ妖怪? それもまた違う。じゃあどんな子なんだろう。綺麗な姿をした赤い不思議な――
 ぴたりと彼女の舞が止まる。中途半端だし、これで終わりじゃないと思うんだけど……。どうしたのかな。
 すると女の子はわたしのほうを向いて、
「何か……御用かしら?」
「ひゅいっ?」
 すぐに回れ右、来た道を全力疾走で戻る。



 思わず逃げ出してしまった。しかも自分の家の前じゃないか。
 久しぶりに全力疾走したからか、しばらく動けそうにない。ドアを前にして座り込む。
 なにやってるんだろうなぁ、わたし。
 話しかけられたからって逃げ出しちゃって、しかもわたしがみえてたって事は光学迷彩が機能してなかったということ。失敗だ。
 どこがいけなかったんだろう。考えられる原因は設計段階のミスから素材の問題まで72通り……、どれなんだろうか。
 まぁ、考えててもしょうがない。早速チェックしよう。息も落ち着いてきたしね、うん。
 勢いよく立ち上がり、大きく伸びをする。
「それにしても、あの子はなにものだったんだろう」
 ドアをあけて家に入って、ふとそれを思い出す。フリフリの赤いドレスはどこかで見たことあるきがしたけど思い出せない。デジャヴか何かだろうか。
 他にもいろいろと気になることがあるけど、今はとにかくスーツのチェックだ。
「今度はちゃんとお話したいなぁ」





 時間は午後9時くらい。春になっても夜は涼しいというより寒い。
 スーツの調整を終えて、夕飯代わりのきゅうりをかじりながら部屋に戻ってくる。相変わらず散らかってる部屋で、机の上には書きかけの天気予報システムの設計図が広がっている。これも春ぐらいまでには作りたいと思ってた発明の一つ。
 空にある雲や、空気中の湿気、風の流れなどを読み取って、向こう数日の天気を予想してくれるというもの。
 わたし自身、あまり役に立つかといえばそんなでもない。河童にとっては雨は良い天気だし、晴れは晴れで過ごしやすいから、台風とか雹とか誰が見ても荒れた天気とかじゃなければいい。
 やっぱり人間向けの発明になると思う。これで人間と仲良くなれればいいなとか思っちゃうけど、そううまくいかないよなぁ。
 カリカリとペンを走らせる。風車と予想演算の回路をこうして、こうかな?
 ……あの子、綺麗で可愛かったなぁ。
 あの子はあそこで何をしていたんだろう。踊りの練習? あんなに危ないところで? あそこは山の近くだし、普通の者が入れるわけがない。じゃああの子は普通じゃない? 当然人間ではなさそうだし、わたしのような河童でもないし、かといって妖怪とも違う雰囲気。やっぱり不思議な子だ。
「う~ん」
 いつの間にか手が止まっている。なんだろう、集中できない。どうしてあの子のことがこんなに気になるんだろう。
 名前も知らない女の子。明日また探して見ようかな。うん、光学迷彩スーツのテストもかねてまた出かけよう。





 幼いころのこと。わたしには大切にしていた人形があった。赤いドレスの可愛い女の子の人形。河童製なので防水も抜群、お風呂の中でも寝るときでも、いつでも一緒だった。
 お父さんもお母さんももういないけど、わたしのことを大切にしてくれていた。子供ながら少々過保護だと思ったときもあったけど、そうしてくれることがうれしかった。だから異母姉さんがいなくても、お母さんとお父さんとお人形さんがいれば平気だった。
 そんなに大切にしてた人形なのに今はない。
 どこになくしたのだろうか。わたしの性格なら壊れたりしても捨てたりしないで直して大切にするはず。だから捨てたりというのは考えられない。
 どんな人形だったのか、その人形のことをなんと呼んでいたのか、具体的なことは覚えていない。
 だから夢の中でも輪郭がぼやけたみたいな風にしか見えない。
 ただ、そのお人形さんと遊んでいる夢をわたしは見ている。





 朝起きると目の前には書き終わった設計図。昨日完成させてそのまま寝たのだろう。あまり覚えてない。
 懐かしい夢を見てたなぁ。夢のことをちょっと思い出そうとする。確か、子供のころの大切にしてた人形のことだったかな。
 ホントどこにやったんだろう。まあ、部屋や工房がこの有様じゃしょうがないか…。
 部屋を見渡すと周りにはガラクタや発明の作りかけや失敗作、書きかけの設計図や、よく分からない外の世界の機械など、混沌としたと比喩するにふさわしい状態。
 他の河童はどうなんだろう。みんなこんな風に散らかっているのだろうか。もしかしてわたしだけ? こんなの誰にも見せられないよ。
 といっても誰も来ないけどね。
 時間は朝、というより昼の11時。遅くまでやってたみたいだ。まあ、いいや。
 台所に行って冷やしてあるきゅうりを取ってくる。一本咥えてそのまま工房へ。
 迷彩スーツを手に取り最終チェック。スイッチの回路は大丈夫か、破けてる場所はないかなどなど。チェックが進むごとにきゅうりをかじっていく。
 よし、問題なしっと。
 きゅうりが全部口の中に入るとチェック完了。迷彩スーツを着て、いつものリュックを背負って、忘れ物はなし。
 勢いよくドアを開けると今日もハレの日。こんな日はスーツが少し暑いかもしれない。通気性とか改良して夏場でも使えるようにしようかな。このテストの結果がよかったらね。
 今日も昨日の子に会えるかもしれない。
 そう考えるとなんだか胸がポカポカする。するとドキドキもする。なんだろう、楽しいのかな? やっぱり外にはでないとダメってことだよね。
 河を渡って木立を抜けて。
 やっぱりいた。昨日と同じ場所でクルクルと踊っている。
 迷彩スーツで見えてないだろうけど一応――なにが一応なのか分からないけど――木陰に隠れてる。昨日も反射的に逃げてしまったし、怖いのかもしれない。
 人間にも妖怪にも好かれず、独りぼっちでいなくなってしまった異母姉さんみたいにわたしも嫌われてるんじゃないかと。そう考えると他の河童や妖怪と、ましてや盟友である人間と話なんて出来ない。
 綺麗な舞を見ているのにどうしてそんなことを考えてるんだろう、
 最後のステップを踏むと舞が終わる。思わず拍手しそうになったけど、あわてて手を止める。これじゃまたバレちゃう。
 するとまた彼女はこちらを見て――
「……見えてるわよ」
「ひゅっ?」
 木陰から覗いてた顔をあわてて隠す。そんな光学迷彩は機能してたはず。なんで見えてるの? 昨日の夜と今日も朝も念入りにチェックしたのに。
 あ、いや。今はそうじゃない。どうする? 逃げる? でも昨日と同じことはしたくない。幸いまだここから逃げ出してない。逃げ出せないでいる。
 話しかけてみよう。
 でもなんて? 今の舞とっても綺麗だったよ? いやいや、それじゃずっと見てたみたいじゃないか。まるでストーカーだ。
 やぁ、良い天気だね。ベタすぎるし、そうですねで話が終わってしまう。話術なんてないわたしにはそこから会話を発展させられない。
 考えろ、考えるんだ河城にとり。このピンチをどうにかする発明を!
 自爆でも出来るようにするか、そして復活したらこう言うんだ。
「死ぬほど痛いぞ」
「何が痛いの?」
「ひゅわぁあ!」
 いつの間にか赤い子がわたしの目の前に居た。
「えと……あはは」
 ……心が痛い。



「改めて自己紹介。わたしは河城にとり、谷河童のにとりさ」
 そんな風に言われたことはないけどね。昔から自分のことはそう名乗ろうと決めていた。ようやく出来てちょっとうれしい。
「雛……鍵山雛よ」
 雛かぁ、ときめく可愛い名前だなぁ。
 わたしよりも細身で、ゴスロリで、名前が雛。お人形さんみたい。
「で鍵山さんはこんなところで何をしてるの?」
「雛でいいわ。厄払いの舞をしていたの」
「やくばらい?」
 聴きなれない言葉が出てきた。多分「厄をはらう」ってことだろうと思うけど、そういうことをするのって神社の巫女とかやるような?
「そう、私は厄神だから」
 厄神、その名の通り神さま……えっ?
「かっかっ、神さま?」
「そうよ」
 彼女、いや鍵山様はさも当たり前のようにおっしゃるけど、わたしとしては驚きだ。こんなに近くに神さまがいらっしゃるとは思わなかった。
 神さまというのは当然ながら偉大な存在。人間だけでなく妖怪もそのお力の恩恵を受けて生活している。山の社会は、河童よりも天狗が偉い、天狗より鬼が偉い、神は鬼と同じくらいという感じだ。敬称略。
 なのでそんな神さまにため口、しかも人形みたいに可愛いなんて思っちゃったり……ああ、なんて失礼なことを。
「気にしなくてもいいわよ」
「ほへ?」
 わたしが頭を抱えていると、鍵山様がお声をかけてくださる。思わず変な声で反応。
「厄神は嫌われる神。私をうやまい、あがめる必要はないわ」
「ですが……」
「いいのよ」
 とかたくなにおっしゃる。なんかここまで言われると悪い気がしてきた。
「そこまで言うなら普通に話すけど……」
「それでいいわ」
 と鍵や――雛は言う。でも顔は笑ってない。ずっと無表情……というより感情がないというか、そういう涼しげな顔。
「じゃあ、わたしもにとりでいいよー」
 明るく振舞ってみるけど雛はそのままの表情でうなずく。
「話を戻すけど、さっきの舞、綺麗だったよ」
 ようやく言えた気がした。わたしはこの一言が言いたかったのかもしれない。昨日から気になっていた綺麗な舞。雛はずっとわたしの頭の中でも踊っていたのだ。
「昨日や今日みたいに厄の多い日は舞を舞うの。昨日も見たでしょう?」
「あはは、ばれてた?」
 思い返すとすっごく恥ずかしい。逃げちゃったこととか、変な声を出しちゃったこと、こっそり見てたこと全部。なんで逃げたんだろうとか思われてるかも。
「でも厄払いの舞はそんなに綺麗なものじゃないわ」
「ご、ごめん」
 とっさに謝った。
「何を謝ってるの?」
 なんで謝ってるかといえば、とっさに謝った雛の顔がすごくさびしそうなものに見えたから。わたしの一言が傷つけてしまった、そう思った。
「だって、言っちゃいけないことだと思って」
「厄払いの舞は、厄を集める儀式。不幸をもたらすモノを集める儀式なんて綺麗なものではないでしょう?」
 厄というモノについては詳しくないけど、あまりよくないモノを集める儀式というのは分かった。それを集めるのが厄神の仕事ということか。
「見えるでしょう? 私の周りにある厄が」
 雛の体全体を改めて見る。綺麗なスカートの周りには黒い雲――瘴気というべきか、そういうのが漂っている。会話に夢中で気づかなかったけどそれは、わたしが見てもあまりよいものじゃないというのがなんとなく分かる。
「これが私の集めた厄よ。これを集めて人間や妖怪の元に戻らないようにするのが私の仕事。だから私の近くに来ると不幸になるわ」
「そうなの?」
「ええ、そういうものなの」
 そういう雛の表情はやっぱり変わらない。でもどこか淋しそうな感覚がする。
 気になる、この子のことがすっごく気になる。もっと知りたい雛のこと。知ってどうするのかは分からない。発明に役に立つとは思えないし、河童生の糧になるとは限らない。
 でもこれは多分、運命なんだと思う。
 信仰してる神さまはいないし、友達も家族もいない境遇、そして雛に出会えた偶然。河童に伝わる有名な言葉『運命は信仰と境遇と偶然』これをわたしは信じたくなった。だからわたしは、
「友達に、なりたいな」
「えっ?」
 雛の表情がはじめて変わる。驚いた顔。
「わたし、雛の友達になりたい。ダメかな?」
「……あなた、変わってるわね」
「よく言われる」
 実際はあまりいわれたことないけど、わたしと話をしたことがある人はみんなそう言っていた。河城の家系はみんな変わり者だ。
 そんなわたしに雛は、
「あなたがよければ、いいわ」
 そう言ってくれた。

















第二章「厄神様と恋」








 どきどきする。
 忘れ物はない? 寝癖はついてない? 歯は磨いた? 帽子はよごれてない? 靴紐は大丈夫?
 ついさっきもチェックしたはずなのにもう一度チェックする。全部OKってことを確認すると、大きく深呼吸。
 それでもどきどきは収まらない。
 なんだろうこの気持ち。友達に会いに行くってことはこんなにもどきどきするものなのかな?
 雛という友達が出来た。
 はじめてのともだち。そのはじめてのともだちとあいにいく。
 すごい、わくわくする。だから一緒にどきどきするのかもしれない。
 わたしには友達がいる、こんなにうれしいことはない。異母姉さんも分かってくれるよね。……いや、異母姉さん生きてるけどね。
 そんなツッコミを脳内ですると、わたしはようやく玄関のドアを開ける。ここから出るのに何分かかったんだろう。あれやこれやと玄関と自分の部屋を行き来して、本当に自分でも何してるんだろうって思った。
 迷彩スーツは着ないで、いつもの服を着てる。ホントはもっとおめかししたいけど、わたしにはそういう服もないしセンスもない。
 それでも、
「にとり行きまーす」



 いた。雛は今日も同じ場所に来ていた。でも今日は舞を舞っていない。
 その代わり、川沿いの大きな岩の上でしゃがんで水に手をつけている。何かを救っているようにも見える?
 気になったら聞いてみよう。友達なんだし、何を遠慮することがある、うん。
「こんにちは、雛っ」
「こんにちは」
 昨日と同じで今日も無表情な声。でもおしとやかな挨拶はわたしにはまねできないエレガントさっていうのがある。
「なにしてるの?」
「厄をすくっているの。流されたり、人や妖怪から離れた厄はこうして川を流れるの」
 そう言って雛はまた川からなにかをすくう。手から水がこぼれて黒い塊みたいなのが残る。多分これが厄なんだと思う。
「この厄がまた人や妖怪のところに行かないようにするのが私の仕事」
 手に取った厄をスカートに移す。そのふわふわのスカートの中はもしかしたら厄がいっぱいなのだろうか。そう考えると、
「すごいなぁ」
「どうして?」
「そんなふうに人間や妖怪のためになることをしてるんだもん」
 わたしも盟友である人間のために発明をしたり、きゅうりを作ってあげたりしたい。でもやっぱり迷惑だと思われたり、役に立たなかったりするのが怖い。
 雛は役に立つことをしている。誰に言われるわけでもなくだ。
「私は、この仕事をすることが当たり前だから。それが厄神である私の全てでもあるわ」
 また厄をすくう。今度はさっきより多い。
 当たり前で、自分の全て。そう言った雛の表情はさっきよりも淋しく思えた。もしかしたら他にしたいことがあるのかもしれない。それを押し殺してまで自分のするべきことをしているそれならなおすごいと思う。
「でもやっぱり尊敬しちゃうし、すごいと思うよ」
 それでも雛は不思議そうな顔をする。
「そうなの……かしら?」



 えり元のスイッチを押すとスーツが景色の色に変わる。
 初めて雛とお話したときから、何度も何度もテストやチェックを繰り返した。72通りの予想される全ての原因をチェック。今度こそ成功だ。
 何回やっても何回やっても雛に見つかってしまう、ループも今日で終わりだ。
 これで雛の驚く顔が見られると思うとワクワクしてくる。
 そして今日もやってきた雛のいる岩場。大きな岩に隠れて空を飛ぶ天狗様とかに見つからない穴場みたいな場所。今日も岩に座って厄を川からすくっている。
 よ~し。姿は見えなくても音は聞こえる。なのでゆっくりと音を立てないように近づいていく。
「ひ~なっ」
 わたしが元気に雛の名前を呼ぶと、すぐに声のした方――わたしの方を向く。でも見えてないのか首をかしげる。やったか?
「……何を、しているの?」
「えへへ、わたしの姿見えないでしょ」
「……おかしな子ね。あなたはそこにいるじゃない」
 金ぴかメタリックの生命体に答えるように言う雛。昔もいないし、今もいな ……あれ?
「ってことは見えてる?」
「かくれんぼかしら? 私は始めたつもりはないのだけれど」
 がっくし……。また失敗かぁ。どこがいけなかったんだろう。これはもしかしてわたしに光学迷彩を作らせない陰謀。図ったな! でもわたしの異母姉は悪くないぞ!
「えと、こんにちは、雛」
「こんにちは」
 改めて挨拶。こっちはすっごく恥ずかしいけど、雛は特に気にしてないようだ。いいやら悪いやら。
「なにかの発明かしら?」
「おん?」
「今の行動よ」
 わたしが光学迷彩スーツで隠れて雛を驚かせようとしたことだろうか。察しがいいねぇ、雛さん。
「光学迷彩スーツのテストをしてたんだよ」
「こうがくめいさい?」
「ん~、詳しい原理や説明は省いて簡単に言うと、姿を消すことができる服だよ。……今回は失敗しちゃって見えてるけど」
 厳密には『今回も』過去何回も失敗してるけど黙っておく。知らなきゃないのと同じだよね。
「作って、何をするの?」
「えと……」
 そいえば何をするつもりだったんだろう。作り方とかそういうのを見つけて、作ってみたら意外とできて、勢いで作ってみたけど用途がない気がしてきた。
 弾幕ごっこに有利? 姿が見えなければどこから攻撃してるか、どこに攻撃したらいいか分からないし、使えると言えば使えるけど、そもそもやる機会がない。
 ドロボーにつかえる? ひとのものとったらドロボー。
 こっそりと後をつけるのに使える? 尾行ってやつ。いやいや、それじゃまるでストーカーだよ。相手は雛? こっそりと後を付ける理由もないけど。
「あはは、何に使うつもりだったんだろうね。とりあえず、作りたかったから作ったって感じ」
 自分でもやっぱりよく分からないや。気がついたらできてたし、他の発明もそうだけど役に立つかどうか分からないものばかりだ。
「いいんじゃないかしら?」
 雛の意外な一言。
「別に誰かのためになにか作らないといけないわけではないのでしょう?」
「うん」
 雛の言うとおり。こういうのを仕事としてる河童はともかく、わたしの場合はもちろん趣味だ。こういうのに興味があって好きでやっているわけだ。
「できた物の用途とか、意味とか、そういうのは後でいいんじゃないかしら。私はそう思うわ」
「そう……だね、うん!」
 立ち上がってガッツポーズ。今回は(も)失敗しちゃったけど、頑張って完成させてみよう。何に使うかどうかは後でもいいんだよね。
「ありがとう雛」





「今日も来たのね」
 今日は迷彩スーツを置いてきている。まだ出来てないし、雛を驚かせるのはまた今度にしようと思った。
「まね~」
 雛の横に腰掛ける。雛はもうお仕事を終えているのか、ぼけーと空を眺めていた。
 ここのところ毎日のように雛に会いに来る。来ないのは雨の日ぐらいだろう。
 河童にとって雨の日も晴れの日もあまり変わりはないけど、他の妖怪や人間、神さまだって雨の日はあまり出歩きたくないだろうし、
「雨の日は、雨で厄が流れるから私のすることはないの。その代わり、雨で流れなかった厄をしっかり萃めることが重要になるわ」
 ということなのでわたしも雨の日は家で発明にいそしんでいる。
 雛と友達になってから、たくさんのことを聞いた。雛がどういう神さまで、どういう仕事をしているか。わたしの発明とかの役には――ヤクだけに――立たないけど、友達のことを知るっておもしろいことなんだなと思った。
 そういう意味では、雛はわたしにたくさんのことを教えてくれる。
 今はまだ笑ってくれないけど、雛にもこの喜びを知って、笑って欲しい。
「今日は……」
「おん?」
「あなたの話が聞きたいわ」
「ひょへぇ!」
 またもや変な声を上げてしまった。
 雛が? わたしのこと?
「そそそそそ、そんな、わたしの話なんて面白くないよ! いっつも工房にこもって機械いじってるだけだもん。たまに部屋で図面を書いてたりするけどやってることは大差ないよ。あときゅうりの栽培したり、漬物作ったり、ホントそれくらいだよ」
「どんな発明をしてるの? 河童が幻想郷のエンジニアなのは知ってるけど、発明だって多種多様でしょう。先日の光学迷彩のことみたいに、にとりがどんなものを作ってるのか、興味あるわ」
 雛がっ、わたしにっ、興味をっ?
 それってわたしのことが気になるってこと?
 いやいやそれは自意識過剰というものですよ河城にとり。
 そもそも、どうしてこんなに意識しちゃってるんだ。雛は友達だし、愛だとか恋だとかそんなん……なの?
 初めて雛を見たときのあの感覚、雛と友達になったうれしさ、これって友情じゃなくてアイ……。
「どうしたの?」
「ひょふぉわぁ!」
 目の前に雛の顔が。近くで見るとすっごく綺麗なラインしてるなぁ。目もエメラルドみたいに綺麗だし、ってそうじゃなくてぇ。
 思わず距離をとってしまうと、わたしの重心は後ろに傾く。そのままリュックの重さに引かれてわたしはすってんころりん。
 空が足元にあって、次は視界がゆがむ。
 そしてようやく気がつく。川に落ちたと。
 これで溺れて流されたりしたらまさに『河童の川流れ』である。そんな間抜けなことしたくないし、雛に見られたりなんてしたらすっごく恥ずかしい。今もそうとう恥ずかしいのに、恥ずかしさで死んでしまう。
 それにここは浅い。
「大丈夫?」
 雛がわたしを心配のまなざしで見つめる。
「あはは。ドジだなぁ、わたしは」
雛が差し伸べてくれた手をとって体を起こす。やわらかくってひんやりしてて綺麗な手だなぁ。白くてスベスベしてて、なにかお手入れとかしてるのかな。
「ありがと」と立つと雛の細い手を離す。もう少しさわっていたいと思ってしまう。その手で頭撫でて欲しいなぁ。皿がないのがばれちゃうけど、雛だったら……いいかな。
「びしょびしょだけど大丈夫?」
「だいじょぶだいじょぶ。河童の服は防水性バツグンなんだから」
 とない胸を張る。
 まあちょっち、髪とかぬれちゃったけどね。
「風邪ひいちゃうわ」
「だいじょぶだいじょ――うわっくしょん!」
 盛大にくしゃみをしてしまった。なんか情けないなぁ。
「ほら、私の家近くだから来て」
 へぇ~、やっぱり近くだったんだ。……うん?
 ひひひ、雛のおうちっ? それって……いやいやにとり、その発想はおかしい。いくらわたしが濡れてて、雛のおうちでそれってつまり――そこまでよ!
 あ~ダメだよ! この本は健全本なんだ! イベントも年齢制限本は出さないって申し込んじゃってるし、いまさら変えられないよ~。
 でも、そんなことになっちゃったらわたし……わたし――
「ボケーっとしちゃって……やっぱりちょっと熱っぽいわね」
「ひょみゃあ!」
 気がつくと雛が、そのやわらかい手でわたしのおでこにさわってた。
 熱っぽい? 確かにちょっと熱いしぼけーっとする。ホントに風邪?
 でもわたしは河童なんだし、水かぶっただけで風邪ひくなんて妙な話。ああ、でもわたしは変わり者だからか。それなら納得。
「……ホントに大丈夫?」
「ふへ」



「ホント、わたしって変わり者だよね」
「そうなのかしら?」
「だって、水にぬれて風邪ひいちゃうなんて、人間みたい」
 というわけでここは雛のおうち――お屋敷と言った方がいいかもしれない――のお部屋に寝かされた。
 山の近くにあるとは思えない洋風の建物と部屋。雛にはぴったりのデザイン。
 部屋には生活に必要な物以外、変わったものが置いてないからか、少し殺風景な感じがする。雛らしいといえば雛らしい。でも女の子なんだしもうちょっと『らしく』してもいいと思う。
 部屋がいつも散らかってるわたしの言えることじゃないけどね。
「どうしたの、きょろきょろして」
「あ~うん、キレイな部屋だなぁって思って」
 もちろん散らかってない的な意味で。
「にとりのお部屋はどんななの?」
「わたし? おはずかしいことにいつも散らかってるかな」
 足の踏み場はかろうじて用意してある。布団は敷きっぱなしだから寝る場所には困らないし、生活するには困らない。でもそれは普通、片付いているとは言わない状態だ。
「物が多いのね」
「うん~、作りかけの発明とか、書きかけの設計図とかかなぁ。アレもこれも作りたいなぁ」
 と作りかけの発明の事を思い出す。冬までにスペルカードバトルに使えるパワードスーツを作りたいな。先日書いた天気予報システムの材料もそろえないといけないし……。
「楽しそうね」
「おん?」
「発明のことを考えてたんでしょう? すごい楽しそうな顔をしてたから。少しうらやましいわ」
 わたしからは横に見える雛の顔が、少し淋しそうに見える。
(私は、この仕事をすることが当たり前だから。それが厄神である私の全てでもあるわ)
 自分の役割をそう言った雛。それ以外にもやりたいことがもしかしたらあるのかもしれない。でも役割をしないわけにはいかないからできずにいる。わたしにはそう見えたけど、実際はどうなのか分からないけどね。
「少し寝たらどうかしら? ボケーとしてることが多いのは疲れてるからだわ」
 それもいいかもしれないけど、今寝てるベッドがもしかしたら雛のなんじゃないかと思うとすごくどきどきして寝れなかったりする。
 やわらかい感触は柔軟剤使ってるからかな? いいにおいなのは雛が寝てるから? そんなことを考えてると多分寝れないだろうなぁ。





 そしてまた同じ夢を見る。
 小さいわたしが頭をなでている赤いお人形。その隣には異母姉さん。優しい顔をしている。今、異母姉さんに会ってもこんな顔をしてくれるのかな。
 別れるまでずっと悲しい顔しか見れなかったから、もう一度笑ってる異母姉さんが見たい。
 この夢の光景から何年経ったのか、ちょっと数えるのが面倒だけど、すごく時間が経ったことは分かる。それだけの期間、異母姉さんと会っていないのだ。
 異母姉さんがいなくなって、両親が亡くなって、わたしは孤独になったのだ。
 ただひとり、白い壁の場所にとり残された。
 でも、そんなわたしにも友達が出来たんだよ。そのお人形さんみたいに可愛くって、キレイな神さまの友達。
 だから心配しないでね。





 いつの間にか寝てたようだ。
 窓から少し明かりが入ってきてる。部屋の時計を見れば時間は朝の4時。ということはこれは朝日か。そんなに寝てたんだ。夕飯とか食べてないから少しおなかすいたかも。
 隣を見ると寝る前と同じように雛が椅子に座っていた。でも膝に毛布をかけて、うとうとと寝ている。
 ずっといてくれたんだ。
「ありがと、雛」
「う……ん」
 寝言っぽいけど返事がきた。
 もうちょっと寝てよう。そう思ってまた横になる。
 きれいな寝顔だなぁ。無防備のあまりなにかしたい衝動に駆られるけど、今は出来るような状態じゃないし、雛に悪い。
 なにかするとしたら、その唇を……。
 いやいやいや、それはあれですよ。好きな人同士がする、接吻、英語にするとキス、言い換えると『ちゅっちゅ』てやつで――
 好きな人。
「好き、なのかな」
 雛のことを?
 雛は確かに友達だよ。わたしのはじめてのともだち。でもそれって愛だとか恋だとかそういう気持ちになるの?
 そりゃ、今まで雛の手で頭撫でて欲しいとか、雛にずっとさわっていたいとか、今だって雛とちゅっちゅしたいとか思っちゃったけど、それって恋愛感情に……。
 どう見ても恋愛感情です、本当にありがとうございました。
「そっか……わたし、雛のこと好きなんだ」
 この気持ち、どうしよう。
 鍵山雛、わたしの好きな厄神様。





















第3章「厄神様と花の異変」








号外 異常な幽霊の増加、新たな異変か?
号外 四季折々の花が咲き乱れる。
号外 新たな異変? 花と厄と幽霊が飛び交う。
号外 厄年? 異変ともいえる現象が乱れる。
 そういう新聞が玄関に山積みになっていた。なにかあるとこうして号外という名の新聞が刷られるのは妖怪の山にはよくあること。
 いつもなら適当に読んでおいて、後で感想を聞かれたときに適当に答えるだけなんだけど、今回の記事はちょっと気になった。
 厄、異変という単語がわたしには気になった。最近その厄のプロフェッショナルと友達になって、その……惚れちゃったのだ。
 もう朝も昼も晩も一緒にいるときも、いないときもずっと雛のことが気になるのだ。もうしょうがない、好きで好きでしょうがないのだ。
 それはともかく新聞である。
 いつもならこうして天狗様が騒いで、巫女が動いて、解決して、宴会があるんだけど、厄がかかわってるということは雛が少なからず関係しているかもしれない。
 雛曰く、厄というのはよっぽどひどい量や強い厄でもないと、普通は見えないのだという。記事に書かれるということは見えるほどの厄ということ。
 わたしは新聞を何部か手にとって雛の家に向かう。



「確かに、幻想郷中に厄が飛び交ってるわね。原因は……心当たりがないわ」
 新聞を読んで雛はそうコメントした。どうやら雛は異変に関係がないみたいだ。まあ、雛には異変を起こす動機がないし、厄をばら撒くのは仕事じゃないからね。
「雛も分からないかぁ……」
「異変となると私もどうなってるか分からないもの。巫女が解決するのを待つしかないじゃないかしら?」
 よく考えたら確かにそうだ。博麗の巫女が動けば異変は解決する。厄が絡んでるとはいえ雛がなにかする必要はないのだ。
「そうかもねー」
 わたしも天狗様の新聞に影響されちゃったのかな。いつもは気にしないのに雛にちょっとでも関係あると話したくなっちゃう。なんでもいいから雛にかかわりたいんだろうなぁ。
「でもこんなに花が咲いてるなら、ちょっとお外に出かけるのもいいかもしれないわ」
 と窓の外を見つめる雛。桜が咲き乱れ、ひまわりが太陽を見つめて、モミジが舞う外の景色はおかしいけど綺麗だ。
 そして紅茶を飲みながら花々を見つめる雛もとても綺麗にわたしの目に写っている。このまま写真や絵にしてとっておきたいぐらいだ。紅茶のカップを持つ手のラインがすごく綺麗で、光に反射する白い肌も、
「ねぇ」
「ひょっ?」
 急に話しかけられてやっぱり変な声を上げてしまった。それでも雛は気にせずに、
「お出かけしない? いい天気だし、今日の厄萃めも終わってるし」
 お出かけ? それって、デートってことだよね? 日本語にすると逢瀬。
 雛からお誘い……雛からデートのお誘い。
「異変も気になるし……ね」
 あ、そゆことですか。



 川を流れるモミジやイチョウ、おいしげる青々とした木々、季節は春だというのに秋みたいな妖怪の山。キレイとは思いつつもやっぱり不自然さを感じる。
「おかしな景色だよね」
「そうね、紅葉狩りしながら宴会、これもお花見になるのかしら?」
 お花見と言えばやっぱり桜、紅葉を見ながら宴会というのもいいのかもしれないけど、ちょっとおかしい。
「神社じゃやってるみたいだよ。あっちは桜が満開だって」
「場所によって咲いてる花が違うのかしら」
 神社は桜、山は紅葉、冥界はまだ何も咲いてないらしい。確かに場所によって咲いてる花がばらばらなのかも。
 神社はいつも宴会してるイメージがあるから常時春度が高い気がする。異変が終わるたびに宴会して、季節が変わるたびに宴会して、何もなくても宴会してるって話もある。
「あなたは宴会とかお花見とか行かないの?」
「わたし? 行かないかなぁ。お酒呑むときもいつも一人だし」
 仮に宴会に参加しても一人でいる気がする。
「そういう雛は?」
「お酒も呑まないし、私が行ったら厄をまいてしまうかもしれないから行けないわ」
「え、でもわたしはいつも平気な気がするけど」
 雛の周りに浮いてる黒い瘴気みたいなもの。これがわたしに取り付いたりとかしているのは見たことがない。だから雛が萃めた厄は誰かに移ったりしないと思ってた。
「数人ぐらいだったら厄が移らないように気をつけられるわ。でも大人数はだとどう飛んじゃうか分からないし、他の人の厄も私の厄に引き寄せられて萃まってくるし、厄いのよ」
「え、もしかしてわたしと一緒にいるときずっと気を使っててくれてるの?」
 そうだとしららどうしよう。雛に気を使わせちゃってるなんてイヤだ。
「大丈夫よ。人前でくしゃみをしないようにする程度の気遣いみたいなものだから。それに移っちゃってもまた祓えばいいだけよ」
「ホントに?」
「ええ、あなたこそ気にしすぎよ」
 そう雛が言うなら安心だ。
「それよりも、あなたの後ろをつけてる幽霊を気にしたらどう?」
「えっ、ひょわっ?」
 後ろを振り向いて見ると真っ白なわたあめのようなものが目の前にある。幽霊だっていうのはすぐに分かるけど、
「いつからいた?」
「私の家を出てから、あなたの後を付けてたわ。気が付いてると思ったけど」
 首を振る。幽霊に憑かれる要素がまったく思い当たらないし。
「おかしな子ね」
 鈍いだけだよ。でもホントいつのまに……。
「でも何もしないで付いてきてただけ?」
「ええ、厄いものも感じないし、特に害はなさそう」
 と雛は言うものの黙って付いてくるだけっていうのもちょっと怖い。幽霊だし。
「幽霊もたくさん沸いてるって聞いたけど、こんなところまできてるなんてね」
 幻想郷で幽霊は珍しくない。夜中出歩けばよく見かけるし、石の下のたくさん固まってたり、巫女が涼むのに使ってるという話も聞く。そんな幽霊は暗くてじめじめしたところや寒いところを好む。
 そのはずなんだけど、こんな日の当たるとこをふわふわうろついているのは、雛の言うとおりおかしい。
 そう思っていると幽霊はなにかを見つけたように、違う方向へふわふわと飛んでいった。向かった先は花の開いていない季節はずれのひまわり。それに吸い寄せられるようにとり憑いた。
 するとどうだろう、ひまわりは花を開き、太陽の方向に花を向けたではないか。
「ひまわりってこんなふうに咲くんだね」
「多分違うわ」
 うん、わたしもそう思う。幽霊がとり憑いて花が咲くなんて聞いたことがない。
「もしかして、花がたくさん咲いてるのってこれが原因かしら?」
 確かにそう考えれば咲かないはずの花が咲くのに説明がつく。じゃあ、その幽霊はどこからくる?
「山を降りてみましょうか。他の場所がどうなっているか気になるわ」



 川沿いに山を降りていくと湖がある。通称、霧の湖と呼ばれ、ずっと霧で視界が悪いことで有名だ。子供のころ川から流されてここにきたことがある。
 普段は霧でよく見えない湖の景色が、今日はよく見える。
 花が咲き、ひまわりが立ち並び、紅葉が舞い、彼岸花がひっそりと花を咲かせている。
 それを見てわたしも雛も呆然としている。
 ここには春夏秋冬そろっていた。思った以上に幻想郷がすごいことになっている。
「ホント、今の季節が分からないね」
「ええ、雪月花よりもお目にかかれない景色ね」
 ようやく搾り出した感想がこれだ。幻想郷なのに幻想的と思える。
 ふと雛がなにかを見つけたような顔になった。と思うとわたしの顔に手を伸ばして……。え、ちょっと、雛のキレイな手がわたしの顔に触れた。
 こんな景色をバックになんてロマンチ――
「花びら、ついてるわよ」
「ひょ?」
 雛の右手には薄紅色の花びら。あ、そゆことか。
「ずっとついてたのに気がつかなかったのね」
「え、ずっと?」
 さっきの幽霊といい、気がつかなかった。
「おかしな子ね」
「あははは」
 とりあえず、笑ってごまかす。
「知ってるかしら? 『おかしい』っていろんなの意味があるのよ。面白い、変とかって意味、さらに『可愛い』『キレイ』って意味もあるのよ」
「えっ……それって」
 雛が急におかし――変って意味――なことを言い出した。
「どっちの意味かしらね」
 咲き乱れる花々を眺めながら雛をつぶやく。
 わたしは両方の意味だと思った。異変の最中とはいえ、多分二度と見ることはないだろうと思う風景。それが不思議であり美しい。
 でもわたしにはもう一つある気がした。雛はわたしのことを『おかしな子』ってよく言う。まあ、確かに河童の中ではおかしな分類に入ると思う。でもそれが最後の意味だったら、雛はわたしのことを可愛いって言ってる? さすがに違うと思うけど、雛のつぶやきに主語がないからそんなことを考えてしまった。

 



号外。花の異変いまだ収まらず。
号外。四季折々の花が咲き乱れる原因とは?
 相変わらずの号外。今朝の新聞もこんな内容ばかりだ。号外って毎日出るようなものだったかなぁ……。
 それはともかく。天狗様たちも記事のためにいろいろ調べているようだ。わたしたちが調べたようなことが新聞も載っている。記事に寄れば天狗様以外にも館のメイドや白玉楼の庭師、林の兔とかも飛び回っているとのこと。それでも解決せず、いまだに収まりそうもない。
 4部目の新聞に目を通す。字を読んでいると眠くなるけど、きゅうりをかじったり、雛に作り方を教えてもらったコーヒーを飲んだりとかしてなんとかしている。
『今年は厄年、厄神が厄を撒く?』
 眠気がトんだ。
 写真には厄払いの舞を舞っている雛が写っていた。いつとった?
 こんな記事じゃなければこの部分を切り取って保存するんだけど……ってそうじゃなくて!
 これじゃまるで雛が犯人みたいじゃないか。雛は何もしてない。異変の原因どころか、率先して解決しようとしていた。普段から人間や妖怪のために厄を萃めて、不幸が寄らないようにしてくれている。それなのにあんまりだ。
 そんな感情を抑えつつ記事を読み進めていく。厄払いの舞が厄を撒いている姿に見えたのだろう。
『依然として巫女は動かないため、白狼天狗の部隊で厄神を捕まえ、異変を解決する方針――』
 新聞を放り投げると迷彩スーツを着て雛の家まで駆け足。



 雛の家に着くと、すでに白狼天狗の部隊が家を囲っていた。約十人、幻想郷じゃ強い分類に入る天狗がたくさんとなると、わたしなんかじゃ勝てそうにない。
 とはいえ、雛も神さま。実際に戦ったり、弾幕ごっこをしているところを見たことはないからなんともいえないけど、天狗様たちが一気に攻め込まないほどには警戒しているようだ。
 わたしの姿は見えてない。迷彩スーツも完璧に機能しているようだ。なにか話をしていれば情報が手に入るんだけど、白狼天狗の部隊は無言で警戒にあたっている。
 全員の顔を見たあたりで、急に風が吹き荒れる。ぴりぴりとした雰囲気の中にやってきた一人の鴉天狗。『取材中』という腕章をつけているということは天狗としての仕事ではなく、新聞記者としてやってきたのだろう。
「あやや、厄神は家にいないようですね」
「はい、ボクの『見える』範囲にはいないようです。隠れてるのでしょうか」
 ふさふさ尻尾のボクっ子白狼天狗が言うことがホントなら雛は厄を萃めに言っているのかもしれない。あそこは山の中でも穴場で、木や岩が多くて見つかりにくい。助かったぁ……。
「探しまスか?」
「いや、私の勘が正しければこの異変、厄神はシロね」
 当然! わたしが証人だ、と出てきたいけど河童が何を言っても天狗様は信じてくれないかも。
「どうしてそう思うッスか?」
「厄が幽霊をつれてきたり、花を咲かせたりはしていない。逆よ。幽霊が厄を一緒に連れてきたり、花が咲いたところに厄が舞うのよ。そしてその幽霊は幻想郷にいる人間や妖怪の数よりも多い。ということはどこからきているのでしょうね?」
「えと、それってどういう……」
 雛とはまったく関係がないことは分かった。幽霊は花が多いのは昨日見てるから知ってるんだけど、それがどこから来ている? この天狗様、自分の記事にするからなのか、もったいぶって話をしている。その理由が分かればいいのに。
「ま、あなたたちは命令におとなしく従ってなさい。真実はいつも一つ! 私、射命丸文が突き止めてみせます!」
 と体は子供、頭脳は大人なキメポーズをすると、風と共に飛んで行ってしまった。わたしも白狼天狗もぼけーっとそれを見つめていた。
 とりあえず、雛は家にいない。天狗様に見つかってないなら、今のうちにこのことを知らせて隠れてもらおう。
 まずはいつもの場所だ。雛はきっとそこにいる。



 岩陰に隠れた山のちょっとした穴場、予想通り雛はそこにいた。
「雛ー」
 いつもの場所で雛を見つけるなりわたしは大声でその名前を呼ぶ。心配でしょうがなかったけど、今こうして無事だということにちょっと安心。
「にとり……? 気のせいかしら? でもはっきり声が聞こえたし」
 あ、光学迷彩をオンにしたまんまだった。不安そうな顔できょろきょろとしてる雛は可愛いけど、今はそれを鑑賞してる余裕はない。
「ごめんね、ここにいるよ」
 襟のスイッチをオフにするとわたしを見つけてくれた。お互いほっと一息。
「気のせいじゃなかったのね。にしてもどうしたのそんなにあわてて」
 わたしが心配したのとは裏腹に雛は今の状況を知らないのか。でもあわててる雛やおびえてる雛はあまり見たくない。
 リュックに入れてあった新聞を雛に見せる、また新聞? なんだろう?という顔で新聞を読み始める。
「雛の家、今天狗に監視されてるよ。これじゃまるで犯人扱いだよね……」
 雛の顔が恐怖におびえてる、というより残念、悲しいという顔に変わる。あまり見たくない顔。
「そう……朝から様子がおかしくて、早めに家を出たんだけど、こんなことになるなんて。しばらくは帰れないわね」
 厄神は嫌われる神様、雛は自分でそう言っていたしもしそんなことがあってもおかしくはない、そういう言い方に聞こえた。
 それでも表情は悲しく、今にも泣き出しそうだ。
 助けたい。こんな顔の雛は見たくない。
「うちに来なよ」
「えっ?」
「異変が解決してほとぼりが冷めるまでさ。わたしの家に居ていいよ」
「でも……」
「大丈夫大丈夫、わたし友達いないし、天狗様にバレるってことはないと思うよ。朝の新聞配達と夕刊の時間だけ気をつければ誰も来ないし」
「そうじゃなくて……迷惑じゃないかしら」
「迷惑?」
「いきなりあがりこんじゃって、その上もしかしたら何週間も居ることになると思うし……」
「大丈夫だって!」
 自信満々にそしてちょっと強引に誘う。そうでもしないと雛が甘えてくれない気がした。
 雛はずっと一人だったから、こういう優しさに甘えるってことが出来ない性格だろうと思う。わたしも雛と同じ状況なら同じように遠慮するし、風邪引いて雛の家に泊めてもらったときもかなり恐縮したしそれと同じ。
 そのときの雛の優しさがうれしかったし、こうして好きになっちゃったわけで……。恩返しとか、好きな子になにかしたいとかそういうのも含めて雛を助けてあげたい。
 雛は少し考えて、
「そこまで言うなら……甘えていいかしら?」
「いいよっ! わたしにお任せあれ!」
 雛よりもぜんぜん小さい胸を張る。
 そう、雛は結構大きい。



 もしかしてダイターンな発言だったかな?といまさら思う。どう考えても後の祭りなわけで、私の後ろには雛がいる。
 ここで天狗様に見つかると困るので、わたしの着てた光学迷彩スーツを着せている。そういうわけでわたしからは雛が見えない。はぐれないように手をつないで歩いている。
 こんな状態じゃなければデートみたいとか思えるんだけど、うきうき出来ない。
 そりゃ……ちょっとどきどきするけど。ちょっとだよ、ホントだよ。
「はい、着いたよ」
 やってきましたわたしの家。ドアを開けて見えない雛をお招き。
「……お邪魔します」
 雛が玄関に入ったと思うと、光学迷彩が解除される。それを見るとわたしも家に入ってドアを閉める。
「……にとり」
「はい、なんでしょ」
「ちらかってるわね」
 玄関入ってすぐ、部屋に散らかる廊下にはアレやコレやとガラクタが散らばっている。外の世界の道具っぽい物、作ってる途中でミスが見つかって放置しちゃったもの、途中で飽きちゃった物、よく覚えてない物とかたくさん。
「そとより、ここの方が厄いわ。厄と埃と物が溜まっているわ」
「あ、あはは……」
 お恥ずかしい限りで。好きな子に見せるには残念なお部屋かもね。来るって決まってれば当然片付けたんだけどねぇ。
「寝室もこんな感じなのかしら?」
「足の踏み場はあるよ。それに布団敷きっぱなしだし」
「……お掃除しましょうか」



というわけで雛とお掃除タイム。寝る場所を確保ということでまずはわたしの部屋からだ。
 いつも片付けという習慣がないのでどうしたらいいのかわからないけどね。というわけで雛先生のお掃除レッスン。
「まずは不要なものを捨てましょう。機械とかはそのままだと場所をとるし、重いから少し解体するといいわ。そのときに必要な部品とかは捨てないでとっておくといいかもしれないわ」
「リサイクルってやつだね。さすが、グルグル回ってるだけはあるね」
「……あまり関係ないわ」
 がっくし。
「ほうきとちりとりはどこかしら?」
「多分、玄関の棚に入ってると思うよ」
「多分……ね」
 不安そうな呟きを残して部屋をでる。
 リュックからドライバーやスパナを取り出して、作りかけでもう作らないような物とかから手をつける。
 雛って家庭的だよなぁ。お掃除とか、料理とかもできそうだし、まるでうちに嫁に来たみたいだ。こんなお嫁さんなら大歓迎だし、わたしも甘えちゃうだろうなぁ……ってなにを考えてるだー。
「ねえ」
「ひょひっ?」
 もう何パターン目になるか分からない、変な声を上げる。部屋の入り口にはほうきとちりとりをもった雛。
「ほうちもちりとりも埃をかぶってたわ、どのくらい掃除してないのかしら?」
「えと……」
 ここ最近はまったくしてない。最後にやったのは多分、探し物を探すときに家をひっくり返したときかなぁ。そいえば赤い人形あのときも出てこなかったなぁ。
「わたしは廊下とかの掃除をしてるから、部屋をお願いね」



「ひょいっ!」
 用途はおろか、何に使おうとしたのかも思い出せない大きな機械がわたしに倒れこんできた。大きな音と共に視界はひっくり返る。天地がさかさまなり、足音が聞こえてくる。音を聞きつけてやってきた雛がさかさまに見える。
 幻想郷では主流のドロワーズではないらしい。やっぱり妖怪の山では流行らないようだ。足が細くて綺麗。
「大丈夫? 大きな音がしたけど」
「うん、地面が上に見えるけど大丈夫」
 雛がわたしにのしかかってる機械をどかしてくれる。重い機械だったら刻が見える……状態だったかもしれない。雛、わたしを導いて……。
「左手、怪我してるわ」
 と言われて見てみてると血が出てる。対して痛くないからちょっと切れただけだろう。機械のとんがってるところとかでやっちゃったかも。
「確か机の引き出しに絆創膏があるから――」
 言ったそばから雛はかけだしてそれをとってきてくれる。わたしの前に座って、手をとり絆創膏を優しく張ってくれる。まるでお母さんだ。
「もう……これに懲りたらしっかり片づけしましょう」
 そう言う雛の言い方はすごく優しい。
「ありがと、雛」
 笑顔で礼を言うと雛も微笑んでくれた。
「あっ、雛笑ったー」
「えっ?」
 自分でも気がついてなかったのか、驚きの表情に変わる。これも珍しい表情。
「やっぱり雛は笑うと可愛いよ」
「そうなの……かしら?」
 といういつもの台詞。あまり感情的じゃないいつもの言い方ではなく、戸惑いとか、疑問とかそういう感じの言い方。
「そうだよ、もっと笑ってほしいな……」
 今度は顔を少し赤くしてうつむいてしまう。照れてるんだろうか、珍しい雛の表情にちょっとドキドキする。
「あなただって、その……可愛いわよ」
「ほふぇ?」
 エグザムシステムスタンバイ、という感じで体温上昇。エグザムはエグザム同士反応しあうのかっ?じゃなくて。
 雛は、わたしのこと、今、なんて?
「お、お掃除の続き……しましょ。私ったら何言ってるのかしら」
 とあわてて部屋から出て行く雛。顔がドレスのように赤くなっているのがちらりと見えた。
 わたしのシステムは制限時間を待たずにダウン。オーバーヒートして機能停止。



 部屋の中に日輪の輝きが差し込んでくる。照らされた部屋が片付いているのを見て一息。
「よしっと」
 わたしにしてはよくやった方なんじゃないかな。教官も天国から『お前にしちゃ上出来だ』とほめてくれる。……だれ?
「どう? 終わったかしら」
 あちらも片付いたようだ。雛がひょっこりと顔を出す。夕日に照らされるからか、少し赤く見える。
「うん、寝る場所は確保できたよ」
 部屋とわたしを見てうなずくと、
「そろそろお夕飯の支度しないとと思って」
 そっか、いつもはわたし一人だけど、今日は雛がいるからいろいろと考えないとか。適当ってわけには行かないしなぁ。
「雛は食べたいものってある?」
 わたしが言いだしっぺだけど、急に決まったことだからあまりいいものは用意できないかもだけど、雛はお客様なんだしそれなりのおもてなしをしないとね。
「なんでもいいわ。急に押しかけてしまったんだし、あなたにお任せするわ」
「リョーカイっ」
 とケーレーで答える。
「何か手伝うことはあるかしら?」
「お米研いでもらえるかな? 雛はご飯どのくらい食べるの?」
「お茶碗半分くらい、あまり多くはないわ。あなたは?」
「きゅうりのお漬物があればご飯3杯はいけるよ」
 台所へやってきた。ここはそれなりに片付いているから本来の用途としてここは使える。
「きゅうり……たくさん」
 つぶやくように言った雛の目線の先には水につけられたきゅうり。
「そりゃー河童だもん」
 と言っても河童=きゅうりが好きでコレばかり食べている、という方程式が成り立つわけではない。異母姉さんはあまり好きではなかったし、わたしみたいにほとんど毎日暇さえあれば食べてるような河童もそうそういない。
 あとチューハイのきゅうり割りとかはホントにわたしだけしか作ってないしね。
「今日はサラダかしら」
「ご名答~。あとお漬物もあるよ」
「きゅうりづくしね」
 さすがに毎日コレだと雛が飽きちゃうから、明日は違うものを用意しないとなぁ。
 と考えつつお米を用意する。いつもの1.5倍ぐらいかな。少なかったらわたしの分けてあげればいいし。
「これは、何かしら?」
「おん?」
 雛が不思議に思ったのは蛇口だろうか。
「これ?」
「これ」
 あ、山のほとんどの家にはあるけど、雛の家には通ってないのか。
「水道が通ってるんだ。お風呂とかお手洗いとかにも付いててこうすると水がでるんだよ」
 説明しながら蛇口をひねると水が出てくる。洗い場に置いておいてお盆の中に水が入っていく。
「河童って、すごいわね」
 流れる水を見つめながらつぶやく雛。河童と天狗様にとっては当たり前の技術なんだけど、やっぱり他の人にとっては珍しいみたいだ。
「そうなのかしら?」
「ええ」
 雛の口癖――みたいなもの――をマネしてみたけどスルーされた。無意識に言ってるみたいだ。あと似てない。
「異変が終わったら、わたしの家にもつけて欲しいわ」
 水道の便利さに感動したのか、そんなことを言った雛。
「雛のお願いだったらお安い御用だよ」



 食後、今でそのまままったりとお茶を飲んでいた。すると雛は昨日のデート――じゃなくて調査のあとのことを話し出した。わたしも興味あるし耳を傾ける。
 雛はあの後家の書物を調べたりしていたそうだ。そこで見つけた古い本。自分の前の厄神がつけていた日記だそうだ。埃を払いながらぺらぺらと目を通していったら、今の異変と同じようなことが書かれていた。
 日付はちょうど60年前。わたしはまだ幼くてそのときの記憶なんてほとんどない。両親がなくなって、異母姉さんがいなくなったのも確かそのくらい程度の認識しかない。
 異変の原因は外の世界の大災害。多くの人間が死んでその霊が幻想郷にもあふれたらしい。その霊が植物に宿り、花を咲かせているのだという。そんな状況から生まれ、厄もたくさん流れてきたのだ。
 なのでこの異変は巫女や賢者たちが行動を起こさなくても自然と解決するものらしい。日記によれば妖怪は宴会をして、人間はそのおかしな現象に目を丸くしていただけという。
 妖怪たちも60年前のことなんてよく覚えてないだろうし、人間は死んでしまい覚えてる者は残らない。なのでこんな古い物でも見ないと分からないのだ。
 ということは厄も何もまったく関係ない、言ってみれば自然現象ということ。
「じゃあ雛は悪くないじゃん」
 率直な感想を述べる。
 そう、この異変誰も悪くないし、誰も何もたくらんでいないのだ。幻想郷を壊そうとかそういうのでもなく、幻想郷の長い歴史の中では当たり前のように起こってる現象。雛が責められることなんて何一つないのだ。
「そうね」
「雛は悪くないのに、こんなことになるなんて、納得できないよ」
 悪いことは何一つしてない。それなのに家には帰れず、まるで逃げ隠れするようなことをしなくちゃいけない。
 なにもしてない、ただ人間と河童の間に生まれただけで嫌われた異母姉さんみたいに。
「仕方ないわ。私は厄神。忌み嫌われる神」
 だからって、だからって、こんなの……。
「ないよ……」
 首をかしげる雛の顔がゆがんで見える。目の元が熱い、逆流する水が目から流れる。
「なんで、泣くの?」
 こんなことがあっても泣いたり、泣き言を言ったり、怒ったりしない雛。強いんだろうと思うけど、その姿がわたしには痛々しく見える。
「雛が泣かないから、代わりにわたしが泣くのっ」
 もう逆流は抑えられない。あとは流れるだけ流れる。
 雛を泣かせたりしたくない。ならわたしが雛の代わりに思いっきり泣けばいい。雛の悲しみもつらさも、みんなわたしが受け止めるんだ。
「……変な子ね」
「知ってるよ」
 それでも雛には笑顔を見せたい。くしゃくしゃの顔だけど雛に笑ってみせる。
 だから、雛も笑って。
 わたしの変な顔とか変なところとかでもいい、笑って欲しい。
「ふふっ、本当に、おかしな子ね」
 笑ってくれた。
「顔がくしゃくしゃよ、お風呂に入ってきたらどうかしら?」
「うん、そうだね」
「お風呂は命の洗濯よ。あなたに憑いた厄も流してくれるわ」
 やっぱり雛は優しい。



 う~、情けないところを見せちゃったなぁ。と嘆いたところで後の祭り。脱衣所の鏡を見ると、目も顔も真っ赤だよぉ……。
 雛がお風呂入ってきたらと言うので遠慮なくいただくことに。こういうのはお客さんの雛に入るべきなんだけど、しょうがないか。
 そいえば雛の寝巻きとかパジャマとか、着替えとかどうしようかな。わたしのを着てもらう?……多分、小さいな。自分のつけてる下着やドロワーズを見てそう思う。かといって同じものをずっと着せるわけにはいかないしなぁ。
「ねぇ、ちょっといいかしら」
 なんだろうと思ったときには脱衣所のドアは開いて――目と目が合うしゅーんか……んじゃなくても雛のこと好きだけどね。だから、なにも着てないのを見られても、恥ずかしい……ことは恥ずかしいけど、雛だったらいいし。わたしもその、雛の体とか見てみたいし、さわってみたい。そこまでよ!なこともそりゃ、ね。河童はえっちな種族だし。
 でもわたしにはどこよりも見られたくない場所がある。帽子のしたと背中。
「ひょいぃぃぃぃ!」
 自分でもどこから出てきたのか分からない声をあげて、お風呂に直行。お湯も浴びずにダイビング。よい子はマネしないでね。
「えと、どうしたの……かしら」
 雛の反応も当然だ。別に女の子同士だし、裸を見られても恥ずかしいものじゃないはず。あ~、好きな子なら話は別かも。でも雛はわたしのことそういうふうには思ってない――と思う――だろうし、ナチュラルに蒼き清浄なる脱衣所に入ってきてもおかしいところはない。
「ごめんね、驚いちゃって……」
「私こそ、ごめんなさい……」
 顔は見えてないけど、声がすっごく沈んでる。うわ~、悪いことしちゃったよぉぉぉぉぉ。
 とにかく話をしないと……、あと雛は――
「見た?」
「……なにを?」
「皿と、甲羅がないの」
 河童には普通あるはずの頭の皿と背中の甲羅。それがないのは河童としては不自然。
「……ええ」
 すっごく言い辛そうに答える雛。も~、わたしのバカバカ⑨ばかばか。
「他の河童にはあるのね」
「普通はね。わたしの両親はどっちも河童なんだけど、わたしは人間みたいな姿で生まれたんだって……。小さいだけとか思ったらしいけど、探してもやっぱりなかったんだって」
「ご両親は、どう思ったの?」
「お父さんはよろこんでた。盟友みたいだって。でもお母さんと異母姉さんは複雑だったみたい」
 たまにお母さんも異母姉さんもたまにわたしを見る目が違ったときがある。その表情を思い出すと今でも胸が痛い。
「でもね、お母さんも異母姉さんもわたしのこと大切にしてくれた。だからね、わたしは気にしてないし、雛も気にしないでね。皿も甲羅もなくても、わたしは河童の河城にとり。雛の……友達であることに変わりはないから」
 今はまだ、友達。
「ええ、本当にごめんなさい」
「いいっていいって。むしろ雛に知ってもらってうれしい」
 いずれは知られちゃうことだと思うしね。それが早くなっただけのこと。
「ところで、何のようだったの?」
「……なんだったかしら?」



 お風呂で厄と目から出た汗を流して、わたしは考えていた。
 お布団は一人分。毛布はコタツ用があるからいいんだけどなぁ。
「同じお布団でいいんじゃない?」
「ひゅみょっ?」
 だ、ダメだよ雛! それじゃミスターブシドゥに『なんと破廉恥な!』とかソーリューに『エッチチカンヘンタイシンジランナーイ』とか言われちゃう。
「女同士なんだからいいんじゃないかしら」
「そりゃ……そうだけど」
 それを言われてしまったそうだけど。その、雛はやっぱり変なところでボケてるなぁ……。
「ま、枕は2つあるよ」
 チャラララーン。
 取り出しましたわ新しい発明。四角くて奇妙な形をした物体。
「低反発枕って言ってどんな頭にもフィットするように作られてるんだ」
「さわって見てもいい?」
「どうぞどうぞ」
 雛が指先をプニプニとさわってみる。ちょっと手つきがいやらしいと思ったわたしはダメかもしれない。
「硬くもないし、やわらかすぎってわけでもない」
「でしょう? デンマーク製」
「でんまーく? どこ?」
「どこだろう」
 さて、ごまかすのもコレくらいにして、これは観念するしかないなぁ……。枕を置いてお布団に入る。雛もわたしの隣で横になる。
 久しぶりに暑い夜になりそう……どきどきしてるのかちょっと暑いし、これ寝れるのかな。
 目の前には雛がいる。手を伸ばせば届く距離どうしよう。
「わたし、あなたに感謝してるわ」
「ど、どうしたの急に……」
 ホントに急で驚いた。
「あなたがいなかったら今頃こうしてられなかったと思うの」
「こまったときはお互い様だよ。わたしだって風邪のときに看病してもらったし」
 雛の可愛い寝顔が想起される。もしかしたらまたその顔が見られると思うとドキドキする。
「ううん。それでもお礼を言わせて」
 すると雛は初めて言葉をしゃべる赤ちゃんみたい、
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして」
 ぎこちないけど伝わったよ。わたしも雛に感謝してる。
「初めて」
「おん?」
「初めて誰かに『ありがとう』って言った……」
 と恥ずかしいような、うれしいような、そんな顔をする。そんな雛がすっごく可愛くって、気がついたら頭を撫でていた。
 また恥ずかしくなったのか布団に顔をうずめてしまう。
「寝よっか」
「え、ええ……」
 布団からちょっと出て部屋の電気の紐に手を伸ばす。引っ張ってカチカチと部屋が暗くなっていく。雛の顔が見れなくなるのが残念。
「おやすみ、雛」
「おやすみ、なさい」
 初々しくて可愛いなぁ。わたしも家族以外の誰かと一緒に寝るなんて初めてだけどね。
「おやすみなんて言うのも、初めて」





 むくりと起きた。
 なんかあまり寝た気がしない。昨日はいつもより早く寝たし、今の時間7時、いつもより5時間ほどずれている。いつも昼に起きていることを考えるととてつもなく健康的な起床時間である。
 雛はまだ寝ているようだ。静かな寝息が聞こえる。顔は、反対側を向いているので見れない。
 さて、今日はどうしようか。朝昼夕とご飯のことも考えないといけないし、雛が退屈しないようにしてあげないと……。
 でも雛って普段なにしてるんだろう。厄神の仕事ぐらいしか聞いたことないしなぁ。書斎みたいな場所が家にあるから読書とかかな。おしとやかで雛らしい。新聞とかも読んでそうだけど、山にはまともな新聞出してる天狗様いないしなぁ。
「あら、起きてたの……」
「うん。おはよう、雛」
「おはよう……」
 眠そうな目をこすりながらわたしを見る雛。看病してくれたとき以上に無防備な顔だ。きれいな髪質の緑髪も乱れてて、美人の寝起きって感じ。
「ああ、そっか、昨日からあなたの家だったわね」
「そうだよ、朝食なにがいい?」
「おまかせす……すー」
 質問に答えきれず、睡魔に屈した雛。目をつぶってまた寝息を立てだす。
「雛って朝弱い?」
「しょんなことない……わよ?」
 寝言みたいに返事が返ってきた。どう見ても朝弱い人の反応。
「それじゃ、朝作ってくるから、起きたら居間まで来てね」
「ええ、気をつけてね」
 いや、家の中にいるんだけど、という野暮なツッコミはしないでおく。



「お、おはよう……」
「あ、おはよー。ちょうど出来たところだよ」
 今の雛はしっかり目が覚めているようだ。寝巻きのままだけど声は眠そうじゃないし、髪型も直っている。
「恥ずかしいところ、見せちゃったわね」
 ちょっと顔を赤くして雛が言う。目線もわたしと合ってない。
「そんなことないよ。朝が弱いなんてよくあることじゃん」
「そうなの、かしら」
 多分ね。
「それよりさ、朝ごはんにしようよ」
 久しぶりの朝ごはん。ここのところずっとお昼ぐらいに起きていたから、何を作ろうか考えた。その結果、シンプルイズベスト。ご飯に、玉子のお味噌汁、きゅうりの漬物と、和風の定番にしてみた。
 ちゃぶ台の前にちょこんと座って、
「いただきます」
「いただきますっ」



「厄神のお仕事しないと」
 朝食の片づけをしていると、思い出したように雛がそんなことをつぶやく。雛の話によると幻想郷に厄神というのは一人しかいない。その唯一の厄神がわたしの家にいる。なので雛が仕事をしないと誰も厄を流したり、引き受けたりしてくれないらしい。
「それってやっぱり毎日やらないとだめ?」
「絶対……ってほどじゃないけど、こんな異変の中だし、厄だけでも流しておかないと」
 わたしの思ってるとおり、雛はまじめな神様だ。わたしがいかないよう止めてもダメだろうと思う。かといって家を出たら天狗様に見つかってつかまってしまうかもしれない。そんなことしたら、暗い部屋に閉じ込められて、写真を突きつけられて、カツ丼を食べさせられて『犯人はわたしです』と言うまで出してくれないような気がする。
 新聞には『厄神失踪』『異変の首謀者いまだ見つからず』という記事があるので、雛の容疑はしばらくはれそうにない。早く真犯人が出てきて欲しい。
 そこでわたしの発明の出番だ。
「じゃあさ、これを着て行きなよ」
 と居間の隅のリュックから取り出したミリタリーなスーツ。
「それって」
「そう、こーがーくめーさいすーつー」
 ネコ型ロボット的イントネーションで紹介。
「うちに来るときにも着たから分かると思うけど、姿を消すことができるよ」
「でもそれを着て厄払いの舞なんてしたら、厄でダメになっちゃうわ。せっかく作ったものなのに」
 雛が気を使ってくれる。こんなにうれしいことはない、異母姉さんも――この流れは前にやったから略。
「大丈夫だって、壊れたってまた作ればいいしさ」
「でも……何度も失敗して、やっと出来た物なのに」
 がっくし。失敗のことは黒歴史にしたかったのに~。
 黒歴史はともかく、やっぱり雛は優しいからこういうふうに言ってくると思った。それはそれでやっぱりうれしいんだけど、わたしとしては雛の役割っていうのを果たして欲しい。厄神であることが雛の全て、というわけではないけど、厄神であることも雛の一部だから。
「じゃあさ、厄をすくうやつ。あれだけでもやってきなよ。全部は出来ないと思うけど、少しは減らせるんじゃないかな?」
 そんなんでいいのか素人のわたしには分からないけど、出来ることはしっかりやらせてあげたい。
「……分かったわ。そういうことなら」
 とようやくスーツを受け取ってくれた。
「ありがとう」
 雛も微笑んでくれる。この笑顔のために、わたしは出来る限りのことをしたい。
「わたしがいない間、片づけを進めておいてね」
 ……この笑顔のために、がんばろう。
 


 夢の中でわたしが泣いてる。お母さんと異母姉さんがわたしをなだめてる。このときの異母姉さんはまだいなくなるなんて思ってなかった気がする。
 確かこれは、赤いお人形がなくなって大泣きしたんだったんだったかな。
 代わりの人形もわたしは嫌がって、赤い人形を探してそれで川に落ちて流されたんだ。思い出した。
 でも見つからなくって、霧の湖で泣いてるところを異母姉さんに見つけられて帰ってきたんだ。ちょっと懐かしい。
 あれ? でもどうして川に探しにいったんだろう。家でなくしたんじゃないんだ。それが分かれば探せるのにどうして思い出せないんだろう。



 意識が戻ると自分の部屋。もしかして寝てた?
「あら、起きたのね」
 部屋では雛が掃き掃除をしていた。自分お仕事は終わったみたいだ。
「朝から眠そうだったから起こさないでおいたわ」
「うん……ありがと」
 目をこすって雛にお礼。ちょっと視界がかすんでる。
「私がいたから寝れなかったのかしら?」
 とまた自分が悪い見たい事を言う。
「そ、そんなことないよ。ちょっとどきどきしてて……」
「どきどき?」
「な、なんでもないよなんでも」
 雛は悪くないって言いたいだけなのにどうしてこんなことを言っただー。寝ぼけてると変なこと言っちゃうなぁ、雛ほどじゃないけど。
「ねえ、聞いてもいいかしら」
「おん? いいよ」
「どうしてあなたは私に優しくしてくれるの?」
 ちょっと切ない言い方。
「私は厄神。忌み嫌われる神。あんな記事を書かれて、住む場所を追われて、隠れながら仕事をする私にどうしてこうまでしてくれるの?」
「雛……」
「ずっと考えてたわ。あなたが私に恩を売って得られる利点なんてないわ。それどころか、厄が移って不幸になるかもしれないのに……」
 まるで厄神である自分が嫌いとも取れる言い方。忌み嫌われるというのは自分にもということなのだろうか。『忌み嫌われる厄神』という言い方を雛はずっとしてきている。
「雛、わたしね、そうして孤独に過ごしてきた雛を助けてあげたいって思ったんだ。偽善とか同情とかそういうふうに思われるかもしれない。家族はいないし、生きてる異母姉さんだって今はどこにいるかわからない。わたしも独り」
 ずっと発明に没頭してて、それでも独りでいることがとても淋しかった。どんな発明でも、機械でも、天才的な頭脳でもこの孤独をどうにかするものは作れない。
「だから自分を助けたかっただけかもしれない、孤独なのは自分だけじゃないって。つまりは……あーっ」
 うまくまとまらない。何が言いたいのか自分でもよく分からなくなってきた。つまりは、そう!
「雛が好きだから! 厄神だからとか嫌われる存在だからとかそんなんで嫌いになったりしない! 初めて舞を見たときからずっとずっと雛のことを見ていた。そのときからずっと雛のことを考えていたんだ。雛が好きで好きでしょうがないんだ。だから雛のことを助けてあげたい、悩みがあったら解決してあげたい、悲しい顔を笑顔にしてあげたい、みんなが雛のことを敵だというのならわたしは誰とだって戦う、同じ河童だって、盟友の人間だって、天狗だって鬼だってそんなの関係ない、雛を守ってあげたいんだ。雛が幻想郷から追い出されるなんて事があったらわたしもついていく。どこだって雛と一緒にいたいんだ。ずっとずっとずっとずっとず~っと雛のそばにいたいんだ!」
 言っちゃった……。自分の気持ち、全部全部全部。
 あっー、オーバーヒートしそうだよぉ。オーバーフリーズも氷精の氷も冬の寒さも全て消し飛ばすほど体が熱い。顔も多分真っ赤。この熱さはオーバーヒートによるもの。
 現実逃避はここまでにして、
「……えと、鍵山、雛さん?」
 雛は今までに見たことないきょとんとした顔をしていた。驚きの表情というのか、一般的に思わぬ相手から告白されたときのリアクションというものか。ちょっと可愛い。
「あ、うん……ごめんなさい、急だったから……」
 我に返ったのか言葉に詰まりつつも反応してくれた。
「にとり……私ね」



「……異変の解決まで、甘えていいかしら」
 耳元で雛の声が聞こえる。今まで聴いたことない距離で、今まで聴いたことのない口調で、今まで聴いたことのない甘い声で。
 ここでようやく雛に抱きつかれてるのに気が付いた。腕が回されて、体と気持ちが直に伝わってくる。
「うん……」
 わたしも雛をぎゅっとしてあげる。






























第四章「厄神様とふたり」








「ねえ雛」
「なぁに? にとり」
 お布団の中でわたしの腕に抱きついてる雛に声をかける。
「花が、散り始めたよ」
「そうね、お花見したかった?」
「うん……それもあるけど」
 雛は『どうしたの?』という顔でわたしを見つめる。わたしが言いたいのは、異変が終わったのにどうしてわたしの家で朝までごろごろしてるんだろう、ということ。
 雛がわたしの家にいるというのは、異変の間犯人扱いされてたから。新聞でも異変の原因は60年に一度の自然現象と説明されているし、雛の無実は証明されている。だから家に戻っても安全だし、外に出てもなにをされるってことはないと思うんだけど。
 かれこれ3日、わたしの家でこうしている。朝から晩までべったりだ。
 まぁ、いいけどね。幸せだし。
「なんでもないよ、呼んでみただけ」
 とわたしの雛の頭をなでる。雛はのどをゴロゴロさせる猫みたいな顔になる。こちらも幸せそうでなにより。
 春眠、暁を覚えずという言葉が頭をよぎる。朝になっても布団から出ないでゴロゴロしていることをいうのだろう。それでもわたしたちに春はやってきた。
「そろそろ、起きよっか」
「まだゴロゴロした~い、わ」
 雛がわたしのすそを引っ張る。寝ぼけてるからなんだろうけど、初めてあったときとはまるで別人。ユニコーンモードとデストロイモードぐらいの差がある。わたしの理性のサイコミュはすでにコントロールを奪われている。
 そんな雛はまだ寝ぼけてるんだろうと思う。だからこんな感じにわたしに甘えてるんだろう。で、目が覚めたら恥ずかしがる。毎朝のこと。
 ま、それまでは付き合おうかな。
「しょうがないなぁ。起きたらお花見に行こうか」
「ん~、にとり大好き~」
 とまたぎゅーっとしてくる。
「わたしもだよ、雛」



 多くの花が散ってしまったけど、それでもまだ残ってる花がある。春を象徴する薄紅色の花びら。儚く舞い散るその姿が美しく、それを眺めながらお酒を呑むのが日本のお花見。
「やっぱりこの時期は桜が一番キレイだね」
「そうね」
 家の近くで見つけた一本の桜の木。その下にシートを敷いておにぎりやきゅうり、お酒を持ち寄って二人でお花見。
 一人で呑んでるときのお酒と比べて、今日のお酒はすごくおいしい。やっぱり好きな人とこうして寄り添いながら呑むお酒は違うね。
「にとり……、それ何?」
「これ? チューハイのきゅうり割りだよ」
 今のところ誰の口にも合わないお酒。当然雛も珍しそうな顔で見る。
「呑んでみる?」
 とわたしが差し出すと恐る恐る受け取る。雛の目と同じ緑色の液体。それをじっと見てから、覚悟を決めたようにぐぐっといく。
「〇#$~厄%!?」
 文字に変換できそうにない声を上げてコップをわたしにつき返す。すると厄い影を落として口元を押さえてる。やっぱりダメだったか。
「大丈夫?」
「え、ええ……口直しになにかもらえるかしら?」
 わたしは別のお酒をコップに注ぐとそれを渡してあげる。それを受け取ると一気に口に流し込む。
「あ、おいしい」
 こちらは口に合ったようだ。雛に渡したコップには黄色いジュースのような液体が入っている。
「スクリュードライバーっていうカクテルだよ」
 あまりお酒を呑んだことのない雛ならカクテルから入ったほうがいいかなと思って用意してみた。
「グルグル回る機械を使って作ったから、その機械の名前からとってそんな名前がついたんだ。雛もグルグル回るから、似合うかなって」
 まるで連想ゲーム。ちょっと分かりにくいかもだけどね。
「ふふ、ありがとう」
 雛は笑ってくれたしO.Kかな。わたしもうれしい。
 ご機嫌にお酒を呑む雛。わたしもそれをつまみにぐいぐいとすすめる。やっぱり好きな人と呑むお酒はおいしいと改めて思う。
 雛を見ると顔が桜と同じ色に染まってきている。
「酔った?」
「ちょっと、眠くなってきたわ」
 雛って酔いやすいのかな。あまりお酒呑まないから慣れてないだけかもしれない。今度はもうちょっと薄めに作ってみようかな。ジュースの比率を多くしたり、カシスオレンジみたいなもっとジュースっぽいのにしてみるとか。
「ねえ、雛はどんな――」
「……すー」
 と考えてたらすでに寝ていた。わたしに寄りかかって首をこっくりこっくりさせている。頭のリボンがゆらゆら揺れてて、寝顔はやっぱり無防備で、可愛いなぁ、もう。
「お昼ぐらいまで寝てたのにこれじゃ夜寝れなくなるよ」
 聞いてないだろうけどそう言って頭を撫でてあげる。するとなんとなく雛の顔が笑ったように見えた。
 どんな夢見てるのかな? わたしはでてきてるかな?
 なんか雛の顔見てたらわたしも眠くなってきた。呑みすぎたかな。わたしも寝ちゃおうかな。
 手をだらんとさせるとちょうど雛の手に触れた。細くってきれいな手。
 つないでも、いいよね。雛の幸せそうな顔を見ながら――
 ぎゅっとする。
 手をつなぐと気持ちもつながってる気がする。うれしいな。
「雛……」
 名前を呼ぶと『ん……』って寝言で返事が返ってくる。
「おやすみ、いい夢見ようね」








あとがき
 ウェブ公開版なので違う事書きます。
 おはこんばにちは、雨竜三斗です。今回はウェブ公開版ごらんいただきありがとうございます。
 以前より「春ないですか?」「第1巻ありますか」ということを聞くようになり、そのたびにお断りをいれていました。ですが「最初のがあれば全部買った」など惜しい声も多くなってきたのでいっそ公開して読んでもらおうということを例大祭の最中に決意し今に至ります。
 第1巻の公開は結構ありだと雨竜は思ってます。笑顔の季節シリーズはサンプルを上げておらず、どういう空気かは現物を読んでもらわないと分からなかった感があったかもしれないです。予告でいろいろやってると「ああ、這い寄る混沌と同じにおいがする」など察していただける方はいいのですが、それが難しい方もいらっしゃったと思います。
 それらの理由も含め、いい機会だったと思います。

 これを読んでもらってもしお口に合うようでしたら、この先のシリーズもお求めいただけるとうれしいです。ブログ、pixivには外伝SSもあげてありますのでよければあわせて楽しんでもらえればと思います。

 ここで解説しておかないといけないのはこのシリーズが始まったきっかけです。
 前作の秘封本のあと、ネタはたくさんあるけど、さぁ、次は何を書こうかな思ったときに、
「神は言っている……にと雛を書けと……」
 ということで構成を練って、長編にしようというところに至るまで一晩。他のネタそっちのけでこれが出来ました。オラクルが聞こえたんで仕方ないですね。
 さらににとりオンリー開催ということでこれはやるしかないという流れに。

 それから一年以上かけて完結まで持って行きました。それの一番最初がこれになります。
 ご縁があれば是非、続きの季節もお楽しみください。

salvation by faith records 「にとりコネクト」を聞きながら。
雨竜三斗
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